関係者様

頬をなでる風も一段と心地よく感じられます。皆様お元気でいらっしゃい
ますでしょうか。

では、山崎通信をお届けいたします。
皆様のご意見やご感想も是非お寄せいただければと思います。
お知り合いの方にも、このメールを転送いただければ幸いです。

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____山__崎__通__信_______________2008.5.26_
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┃迫り来る“危機”に気づかない日本
┃        〜サブプライムローン問題より怖い世界経済の地殻変動
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 サブプライムローン(米国の信用力の低い個人向け住宅融資)問題が悪化
 して、マーケットは暴落し、金融機関の破綻が相次ぎ、世界経済は崩壊に
 向かう、という説が今年の流行でした。経済崩壊、大不況、大恐慌といった
 言葉が飛び交いました。

 日本だけではありません。フェルドシュタイン、スティグリッツといった世界
 的な経済学者が、1929年以来の大不況が来る、いや戦後最悪の不況だ、
 といった悲観論を声高に唱えました。

 そんな中、筆者は全くの少数派でした。今年の1月7日には「高成長に戻る
 世界経済と取り残される日本」をお届けしました。さらに、2月1日には「バー
 ナンキ暴落は終わりに向かう」、3月28日には「世界経済悲観論に踊るなか
 れ」をお届けしました。

 昨年来の株式市場の暴落を招いたのは、グリーンスパンの後任である
 バーナンキFRB議長が、市場の暴落に対して迅速な金融緩和を実施しな
 かったからだ、と見ていました。

 ですから、米国の金融システムをつかさどるFRBが大幅な金利低下と市場
 への資金供給を行い、金融機関の流動性を確保しさえすれば、株式市場
 の暴落はそこで納まり、世界経済は再び21世紀型の上昇軌道に戻ること
 を予測しました。大恐慌どころか、70年代の石油ショックほどの不況にも
 ならないのです。

《経済学者の予言通りにならなかった現実》
 現実はどう推移したでしょうか。まず、1月22日〜30日の1週間余りでバー
 ナンキFRB議長が1.25%もの大幅な金利低下を断行し、それまでの遅れを
 一気に取り戻しました。ここで、世界の株式市場は大底をつけ、そこから
 恐る恐る反発を始めましたが、再び不安心理が市場を覆いました。
 金融機関がお互いに資金を融通するのを渋るようになったのです。

 そして、3月16日にサブプライムローンの証券化業務の最大手の金融機関
 であったベアー・スターンズ証券に、JPモルガン・チェースを通じてFRBが
 資金供給を行うことを発表しました。JPモルガン・チェースによる買収とい
 う側面を持つ取引でした。

 ここを境に世界の株式市場は上昇に転じました。金融機関の破綻という
 最大の懸念が現実になっても、中央銀行による救済が実行されて市場が
 安定化したのを見て、それまで恐る恐るだった資金が株式市場に戻って
 きたのです。典型的な二番底パターンをつけて上昇パターンに転じました。
 ブラジルのように、昨年の高値を上回る上昇を見せた市場まで出ています。

 大恐慌どころか、90年代初めの世界の不動産バブルの崩壊に比べても、
 世界の株式市場も経済も、格段に小さな悪影響しか受けていないのです。
 なぜ、大先生たちの予言は、少なくとも今までのところ、外れたのでしょう
 か。

《これまでの常識では測れなくなった世界経済》
 第1には、プラザ合意以降の先進国経済では、中央銀行が機能すれば、
 金融市場が原因の大恐慌は起きないのです。預金者保護と金融機関の
 連鎖倒産(システミックリスクというかっこいい言葉で呼ばれています)の
 防止のために、中央銀行が金融機関の保護と救済に当たることは、今は
 当然です。

 市場原理で動くはずの先進国の金融機関は、今や国家や国際機関の保
 護を受けているのです。こうした保護がなかったら、1929年の大恐慌のよ
 うに、金融市場はまさに市場原理に従って、暴落の連鎖を極限まで繰り
 広げたはずです。

 第2には、90年代までと違って、21世紀の世界経済の成長の中心は新興
 国に移りました。世界的な企業が生産拠点を新興国に移し、労働と不動
 産のコストが劇的に低下したために、いくら石油の値段が90年代の終わり
 の5倍程度に暴騰しても先進国では、10%を大きく超えるようなインフレが
 起きないのです。だから金利も低いままになります。

 すると、不動産バブルの影響を受けていない世界の企業の収益は成長を
 続けますから、恐慌は起きません。

 第3には、サブプライムローン問題そのものが、新興国での高い経済成長
 を誘発してしまうのです。どうしてでしょうか。

《間違いなくデカップリングが起きている》
 誤解のないように再度説明しますが、米国経済は大不況にならなくても、
 低成長が2〜3年は続くでしょう。過剰な住宅不動産投資によって発生した
 不良債権の裏側には、抵当流れで金融機関が引き取る大量の不動産が
 あります。そうしたREO(Real estate owned)と呼ばれる在庫不動産の売却
 はこれから数年かけて行われます。

 その間、不動産価格の低迷や下落が続き、不動産の上昇を当てにした米
 国人の消費は低迷を続けることになります。不景気が続きますから、FRB
 はこれからの2〜3年は金利を大幅に上げることができません。むしろ金利
 低下の要請が強くなります。これは、89年から93年末まで続いた前のバブ
 ルの崩壊と同じ原理です。

 そうなると、ドル金利は2%程度の極めて低いレベルにとどまるでしょう。
 それは、経済が高成長を続け、当局が景気引き締めに躍起となっている
 中国やインドなどの新興国の企業や好景気にわくロシアや中東の産油国、
 世界中の投資家や金融機関にとっては、ドルでの資金コストが極めて低い
 レベルで固定されることを意味します。

 今や、中国やインド、ブラジル、ロシアには、世界的な巨大企業が次々と
 誕生しています。90年代のように、米国経済が減速すれば新興国はその
 何倍ものマイナスとなる時代ではなくなったのです。

 間違いなく、先進国と新興国のデカップリング(decoupling:分断、関係弱体
 化)が起きているのです。

 特に、米国経済が激しい勢いで地盤沈下を始めているのです。20世紀の
 初めには世界一の産油国だった米国は今では世界最大の石油輸入国で
 す。石油価格の上昇とドルの暴落との相関係数はかつてないほど高まり
 ました。危機に強いドルは完全に過去のものです。

《食糧問題で身勝手さを露呈した米国》
 食糧大国米国も揺らいでいます。世界中にグローバリゼーション、自由貿
 易、WTO(世界貿易機関)といって農業と食糧輸入の自由化を強引に推し
 進めた米国は、供給責任を負わない身勝手な国家であることを露呈して
 しまいました。

 石油が高くなり、バイオ燃料にすれば儲かるからと米国の農家が判断し、
 トウモロコシを食糧や飼料ではなくバイオ燃料の原料にしたことから、
 世界的な食糧と飼料不足の連鎖反応が始まりました。

 急速に肉食が普及する中国での肉類への需要が価格に火をつけました。
 トウモロコシや米、小麦などの穀物の価格は上昇し、そうした商品に投資
 する資金が急増してますます価格の高騰が起きました。

 世界中で1日1ドル未満の所得水準で暮らす人は11億人いると言われます。
 そうした貧しい人たちを食糧高騰は直撃しました。

 農民にとってはいいだろう、というわけではありません。農業自由化の政策
 によって、インドなどの途上国では、温暖化の影響で旱魃に苦しむ農民は、
 収量が増えるからと米モンサントなどの農業メジャーが開発する穀物種子
 や肥料を購入してきました。

 自給自足をやめて、商品作物を作り、それを売って生計を立てる農民層が
 増えたのです。そうした農業の必要物資も高騰を続け、農業メジャーは高
 い収益を上げています。一方で、農民は借金に頼るようになりました。

 しかし、農民が作って地域で売る農産物の価格がそんなに上がるわけで
 はありません。コストは上がり収入は増えない。それでは借金を返せない。
 現金に換えるためには作物を食べてしまうわけにもいかない。こうして、
 インドの農民にここ10年ほどで自殺が急増しているのです。

 インドだけではありません。中国や他のアジア諸国やアフリカの農民の多
 くも、伸びない収入と高騰する生活費の格差の中で苦しんでいるのです。

 高成長が続く新興国、そこでの好景気と消費の伸び、値上がりを続ける
 エネルギーと食糧、それによって生存を脅かされる人々。先進国の巨大
 金融機関や企業は守っても、世界の貧しい人の生存については、グロー
 バリゼーションはあずかり知らないことが明らかになってしまいました。

《新興国の成長が食糧とエネルギー問題を生んだ》
 資源価格の上昇は、国民の暮らしの点からは最貧国であるアフリカの諸
 国に次々に新しい資源国を誕生させました。

 非鉄金属、石油、天然ガス、未開拓のアフリカは資源の宝庫でもあり、
 紛争の火薬庫でもあります。これまでアフリカの資源を独占してきた欧米
 の資本に中国が加わって資源争奪競争が展開されています。資源の富
 は、軍事力や警察力で地域を独占し、外国から資本と技術を導入すれば、
 容易に富を得ることができる点において、製造業やサービス業と産業の
 構造が根本から異なります。

 暴力で国民を抑圧し、ひどい生活を強いても、権力者が安定して富を享
 受し得る点において、日本のような資源消費国とは根本的に異なります。
 こうして、資源国では、非資源国よりもはるかに国内紛争が多いという傾
 向を生みました。

 世界は、グローバリゼーションによる新興国中心の高度成長と引き換え
 に、エネルギーと食糧を手に入れるのが不安定な世界に突入したのです
 (こうしたメカニズムについては、昨年の2月末に出版した『米中経済同盟
 を知らない日本人』(徳間書店)に詳しく包括的に説明しています。ご参照
 ください)。

《米国以上に苦しい日本経済》
 こうした事態は、日本には関係ないのでしょうか。とんでもありません。
 米国以上にこれから苦しいのが日本経済なのです。米国以上に食糧も
 エネルギーも外国に依存しています。そして、日本の生命線である工業
 製品の生産は大きな危機を迎えるのです。

 自動車や鉄鋼がその典型です。中国やインドを震源地とする自動車の
 価格革命はやがて世界に及ぶでしょう。日産自動車が最低価格2500ドル
 (約26万円)の自動車の開発を掲げたのもその一例です。インド最大の
 自動車会社であるマルチ・スズキ・インディアの主力車は50万円前後です。

 途上国が消費市場の中心になるにつれ、価格競争と量産効果で自動車
 の価格破壊が世界で起きるのは時間の問題でしょう。もちろん、少数の
 富裕層は1台数千万円の車に争って乗るかもしれません。しかし、この
 セクターに強いのは超高級な欧州車です。日本が強い1台150万円から
 300万円前後の乗用車に乗る人は世界的に減るでしょう。自動車の世界
 に価格破壊が起きるからです。

 一方で、自動車の材料は値上がりします。その代表が日本が世界に冠
 たる鉄鋼です。鉄鋼の材料である鉄鉱石と石炭は3社ほどの資源メジャー
 に独占されています。

 さらに、需要が中国などの新興国を中心に続伸した結果、鉄鉱石と石炭
 の大幅な値上げを日本の鉄鋼メーカーは飲まされました。そのコスト増
 加分は年間3兆円に達する見通しです。

 まるで、世界中のパソコンメーカーが、組み込み部品であるインテルの
 マイクロプロセッサーとマイクロソフトのソフトウエアに利益のほとんどを
 吸い上げられたのによく似た構造ができてしまいました。これからは、
 日本が得意とした自動車メーカーと鉄鋼メーカーの緊密な連携による高
 品質で低価格の材料提供ができなくなるのです。

 日本の自動車メーカーにとっては、自社製品の価格破壊、材料価格の
 高騰というダブルパンチが構造的問題になり得るのです。そうなれば、
 あまたの部品メーカーにまで影響が及ぶでしょう。

 生き残りのためには、インドや中国などの新興国に一層生産設備を移し、
 日本国内の生産を縮小せざるを得ません。国内で販売されるものの多く
 も外国で生産したものを輸入することになります。

《日本は石油も食糧も買えなくなる?》
 ことは自動車に限りません。国内の雇用は減り、貿易収支は悪化します。
 ただでさえ、少子高齢化で財政収支が悪化しているところへ、貿易収支
 が悪化すれば、双子の赤字という事態になります。

 そのうえ、工業製品の相対価格が原料に比べて低下するという交易条件
 の悪化が起きるのです。それは長期的には、日本の貿易収支を悪化させ
 るでしょう。しかも、将来は成長率の低い日本の円は、ドルと並んで、新興
 国通貨に対して低下することが十分予想できます。ますます日本国の交
 易条件は悪化します。

 今まで通り、日本は食糧も石油も買えるのでしょうか。答えはノーです。

 ならばどうするか。せめて食糧は自給すべきです。70年代に米国が自分
 の都合で突然大豆を禁輸した時に、欧州諸国は食糧を外国に依存する
 危険を知って、高いコストをかけての食料自給率を高めてきました。

 70年代前半に日本と同様に5〜6割程度の食料自給率しかなかったドイツ
 や英国は、今では7〜8割程度にまで自給率を高めています。食料の輸出
 が輸入を上回るという意味においては、フランスやオランダ、デンマーク
 は食料輸出国です。

《道路問題とよく似た農業問題》
 ところが、これまで30年以上にわたって、日本はノホホンと食料自給率を
 低下させ、今では4割にまで来ています。しかも、掛け声とは裏腹に、一向
 に自給率が上向く気配すらないのです。現実に進んでいるのは米の減反
 です。同じ先進国でも、どうしてこんなに欧州と差がついたのでしょうか。

 新興国がサブプライムローン問題を一足先に克服する中で、日本経済が
 地盤沈下を起こし、食糧価格がこれから高騰し、円が食糧生産国の為替
 に対して下落した場合、将来の日本が食糧を確保できない事態も十分考
 えられるのです。もはや、戦後経済の常識は通用しないのです。

 国民の食糧を確保することこそ、古今東西の国家の基本でした。食べる
 ものがないことこそ国家の危機です。どうして日本はそんな危機が迫って
 いるのに対応することもないのでしょうか。

 戦後復興期から高度成長時代にかけて作られた農地法や食糧管理制度
 や農協などの仕組みは、国民を飢えから救うという使命を果たし、食糧増
 産に成功しました。しかし、米の自給に成功し、日本が豊かな社会になっ
 てからも、戦後復興期に作った制度をそのままにしてきたために、日本社
 会の変化にも世界の変化にも、対応する力を失っているのです。

 そして、古い制度にしがみつく人たちの利害を守っているうちに、国力が
 大きく損なわれています。そのために日本人と日本の国土が持つ巨大な
 潜在力が生かされていないのです。

 その意味では、農業問題は、戦後復興期の1952(昭和27)年に田中角栄
 議員が提案した制度を変えることができなかった道路問題とも、非常によ
 く似ています。

 どうすれば、日本が強い農業国家に変われるのか、それは次に論じましょ
 う。


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┃前述の本はこちらでお求めいただけます。
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 『米中経済同盟を知らない日本人』
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 そして、最新本はこちらです。
 『道路問題を解く−ガソリン税、道路財源、高速道路の答え』
  ダイヤモンド社 定価1,575円(税込み)
  http://g.ab0.jp/g.php/6UCQV9n3HlGO2uwUef

 この道路問題から見えてくるのは、日本全体の病んだ姿です。
 道路問題を解くことは、日本を立て直すことに通じます。
 終戦直後に作られた道路の仕組みを改めて、日本をもう一度元気にしましょ
 う。それができるのは今しかないのです。

 この本が、今の日本が抱える問題について皆様が考える際のヒントになれば
 幸いです。また、ご意見・ご感想をお寄せいただければと思います。


 ●次号は来週にお届けいたします。どうぞお楽しみに!
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