関係者 様

冬が駆け足で近づいて来る気配を感じます。皆様はお元気でいらっしゃいます
でしょうか。『山崎通信』第26号をお届けいたします。

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____山__崎__通__信____________2005.11.29_第26号
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┃郵貯と年金の運命
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 11月12日の日経新聞朝刊の一面には実に面白い記事が二つ並んでいました。
 トップ記事は、郵政民営化会社の新社長に西川善文三井住友銀行前頭取の
 就任内定を伝えていました。その下の囲み記事は、世界最大の年金積立金を
 預かる独立行政法人である年金資金運用基金が、国債に含み損が出ても資産
 評価を変えない方針と伝えていました。一見無関係に見える二つの記事を
 結ぶものがあります。国債です。

 小泉首相は、就任当初は国債の発行を減らすと言いましたが、結局、なんと
 それまでの6割も国債の残高を増やしました。積もり積もった640兆円もの
 国債を持っているのは一体誰なのでしょうか。今年6月末時点(速報)での
 第一位は108兆円を保有する郵便貯金であり、第二位が日本銀行で、94兆
 円。そして、年金資金運用基金は58兆円、簡易保険は54兆円保有していま
 す。また、国内銀行全体で128兆円です。すべて国債と運命をともにして
 いるように見えますが、実は対照的なのが郵貯と年金です。

 これからの転機となるのは、景気回復に伴う金利の上昇です。というよりも
 異常なゼロ金利から正常レベルへの復帰です。10年国債の金利もすでに最低
 水準から0.5%程度上昇し1.5%を超えました。今後2、3年で3%を超える
 水準に向かいそうです。国債の標準金利レベルである5%にも遠からず
 達するかもしれません。日経平均も小泉政権発足時を上回り2万円を目指す
 勢いです。株も金利も上がりそうな時代が来たのです。いいことです。

 ところが、郵貯の経営にとってはとんでもないことになります。郵貯の資産
 のほとんどが国債です。株はわずかに3.5兆円、外国証券が3兆円、もちろん
 貸付はほとんどありません。国債の金利が上がってうれしいのはこれから
 国債に投資する人です。いま郵貯が持っている低い金利の国債は、金利水準
 が上がれば値下がりします。たとえば金利が2%上昇すれば郵貯の保有する
 国債は7.4%値下がりします。4%上昇すれば14%値下がりします。この時点
 で含み損というものが生まれます。

 ここからが問題です。郵貯がお金を集める中心は定額貯金という貯金者に
 有利な商品です。定額貯金は金利が高いときに預けておけば10年間も高金利
 が保証されます。1990年代の初めの高金利時代から10年間は金利低下が続き、
 定額貯金は人気を集めました。民間金融機関は危なそうという資金も集まり、
 郵貯は1990年の136兆円から2000年には250兆円にも膨れ上がったのです。
 そのお金がほとんど大蔵省(現財務省)に預けられて特殊法人や自治体に
 貸し付けられ、赤字を垂れ流し続けたのが財政投融資の問題です。

 もうひとつ定額貯金が貯金者に有利なのは、預け入れて6ヶ月以降はペナル
 ティなしにいつでも元本100%に金利を付けて返してくれることです。国が
 ただでくれるオプションです。返してもらったお金で金利が上がった
 新しい定額貯金に預け替えてもいいし、株や投資信託、不動産を買っても
 かまいません。金利が下がったから集まった資金は、金利や株や土地が
 上がれば出ていくのも簡単なのです。その事態が15年ぶりに起きそうです。
 かつて金利低下で2倍にも膨れ上がった郵貯は急減するでしょう。現に定額
 貯金はピークから50兆円も減りました。もし金利が2%上昇したときに定額
 貯金が3割減れば、郵貯は45兆円の現金を用意しなければなりません。郵貯
 は現金をほとんど持っていないから売れるものは国債しかないのです。
 ここで実際に国債を売却すると、3兆円の損が発生します。まして4%上昇
 すれば6兆円程度の損失になります。現在の郵貯の自己資本は5.3兆円しか
 ありません。有価証券の含み益を入れても資本となるのは7兆円程度。
 このままでは破綻に近づいていくばかりです。つまり、金融機関として
 みたときに郵貯は自己資本が2%程度で資産のほとんどはこれから値下がり
 リスクを持ち、債務である貯金は郵貯に不利な金利オプションがついた
 ものなのです。今後の金利上昇で破綻懸念が大きく、とても民営化で
 世の中すべてをばら色にするような金融機関には見えません。すぐにも
 規模縮小しなければ、民営化どころか破綻処理のために巨額の財政資金を
 投入した末に、再び国営化するしかないのではないでしょうか。

 その民営化郵政会社のトップに西川前頭取が就くことになりました。最後は
 赤字決算の責任を取って辞職されましたが、バブルの負の遺産を受け継いだ
 三井住友銀行のトップとして財政資金の注入を受け、不良債権処理に全力を
 挙げられた方です。郵政職員の圧倒的多数を占める郵便事業を主眼に置いた
 人事ではなく、金融機関の経営者である西川氏をトップにすえたことは郵貯
 の経営問題の深刻さを物語るのでしょうか。いかに国民の負担を少なくして
 建て直すのか西川氏に期待したいと思います。

 ところが、郵貯とは対照的に、年金にとっては、長いトンネルをやっと抜け
 てこれから明るい時代のように見えます。過去15年の金利低下で、高い金利
 で組み入れた国債は大きく値上がりし、年金のパフォーマンスに貢献しまし
 た。しかし、その一方で新たに組み入れた国債の利回りが大きく低下し、損
 が顕現化するのはこれからです。年金は超長期で国民から保険料を預かり
 金利をつけて返すという金融事業の性格も持ちます。それを積立金運用と
 いいます。国民に約束した金利は長く5.5%であり、いまは低下しても3%
 以上あります。これを予定利率といいます。予定利率が下がれば国民の
 保険料が引き上げられたり、年金を減らされたりします。年金積立金の
 およそ7割は国債で運用されています。80年代までの国債金利が大体5%を
 上回っている頃はよかったです。しかし、90年代に入って国債の利回りが
 1%台にまで低下したら片方で国民に約束した予定利率にはるかに及びません
 でした。しかも国債の次に大きな運用先である日本株も2003年にはピークの
 5分の1にまで下がり、巨額の累積損失が発生しました。

 しかし、これからは金利も株も上がりそうです。年金の運用利回りは上昇し、
 ハッピーになるでしょうか。多少複雑です。持っている株は上がります。
 しかし持っている国債は金利が上がれば値下がりします。ならば郵貯の定額
 貯金を持っている人と同じようにしたらどうでしょうか。国債の値段が高い
 うちに解約、いや売却して現金にし、その資金で株を買うか金利が上がって
 から国債を買えば良いのです。個人で金利も株も上昇すると思っているなら
 そうするでしょう。合理的です。

 ところが、日経新聞の報道によれば、どうもそういう風には進まないよう
 です。厚生労働省と所管の年金資金運用基金はいま持っている低金利の国債を
 満期まで持ち切る方針を固めたそうです。年金が国債の安定的な引受先で
 あるがゆえに、市場とは別の評価をするのでしょうか。確かに年金は安全性
 を重んじる運用が大事であり、全部を株に投資するわけにはいきません。
 しかし15年ぶりに金利株高が来そうなときは、少なくとも資産配分(アセット
 アロケーション)の変更を検討する必要があるはずです。それなのになぜ
 自分の手を縛って国債を動かさないことを決めようとするのでしょうか。
 もちろん、短期の相場観に基づく株への資産配分を推奨するものではありま
 せん。15年ぶりのこの大きな動きは年金にとって長期的にプラスに働くで
 しょうし、年金としてはこの変化に適切に対応する必要があると考えます。
 また、年金のみならず、マスコミや学会、官僚等も含めて何が長期的に望ま
 しい結果をもたらすのかを冷静に考えるべきです。

 推測でしかありませんが、日本における世論の怖さゆえでしょうか。12年前
 に時の宮澤大蔵大臣が不良債権の処理には財政資金を投入して処理すること
 を提案したら世論の袋叩きにあってつぶされました。確かに小泉政権が最終
 処理をしましたが、必要な投入額は12年前の6,000億円程度から38兆円にも
 膨れ上がりました。冷静な議論をしていれば国民の負担も失われた期間も
 はるかに軽いものだったかもしれません。ひどい事態を指摘した人間を
 袋叩きにするのは快感かもしれませんが、結局国民が損をするのです。

 さて年金の問題に戻ると、もし金利が上がって年金が保有する国債が値下がり
 したら世論はなんと言うのでしょう。運用の失敗、官の無能、様々な
 悪口雑音が浴びせられ責任問題になるのでしょうか。挙げ句の果ては、運用
 なんてやめてしまえ、ということになるのでしょうか。運用を止めたら年金は
 すべて消費税でまかなうのでしょうか。そうなれば税率は20%を超えるの
 でしょうか。そして、せっかく上がってきた株や金利への投資もやめるの
 でしょうか。運用をやめればどうやって年金資産を増やしていくのでしょう。
 保険料の大幅アップでしょうか。

 世論が、年金の積立金は自分のものだと思い、自分で運用している立場になって
 考えることができるか、それがこの問題の鍵になっていくでしょう。定額貯金
 を持っている個人は金利が上がれば賢く行動します。年金もなぜ賢く行動でき
 るようにしないのでしょうか。そのためには実態が分かるようにすること、
 手足を縛らないこと、が大事なのです。つまり今まで通りに国債も時価で評価
 すべきでしょう。そして下がりだせば売れるようにすべきでしょう。一言に
 時価といっても会計技術的には様々な議論があろうとは思います。しかし
 ながら、時価評価が年金運用会計のグローバルスタンダードであり、運用成果
 を最大化するためにも時価評価という手法が合理的であることを忘れてはなり
 ません。

 売り出した国債を買う人がいるのでしょうか。そんな心配をする必要は本来は
 ありません。国債は日本で最も信用力のある証券です。少し金利を上げれば、
 つまり値段を下げれば、すぐに売れます。外国人投資家にはスワップや為替
 ヘッジをしてあげれば、彼らにとって為替リスクもなくなります。あれだけ
 赤字を積み増したアメリカの国債の43%(2005年3月末)が外国人に保有されて
 います。ドイツの場合は、40.7%(2004年末)。日本のファンダメンタルズが
 好転しているのですから、これからは円高と思う海外投資家もいるはずです。
 世界一の債権大国日本の国債はわずか4.3%(2005年3月末)しか外国人が
 持っていません。明らかにわが国財務当局と金融界の怠慢というしかありま
 せん。なるべく価格の高いうちに国債を外国人に売ることこそ使命でしょう。
 そうして初めて日本国民が年金の損を取り戻すチャンスを本物にできるで
 しょう。


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● 次号は2005年12月中旬にお届けいたします。どうぞお楽しみに!

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